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原水爆禁止2019世界大会報告――2日目【碑めぐり】

[2019.09.20]

 2日目には動く分科会として被爆遺構をみてまわる碑めぐりに行きました。

 碑めぐりに赴く前に、被爆体験を聞きました。非常にリアルな証言が印象的でした。

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  • 被爆後におかあさんと呼ばれた誰かの様相。
  • 知り合いのお兄さんが背中一面にガラス片が突き刺さっていることに気づかず歩き回っている様子。そして、それを抜いたときに吹き出てきた血の赤さ。
  • 被爆し人とは思えない姿に変わり果ててしまった人々に水を与えたが、乾きを満たした途端、死んでいったという記憶。

 など、どれも想像できないような悲劇、原子爆弾が落とされることは二度とあってはならないと痛感しました。

 

 話のあと、碑めぐりへ。

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▲今回案内をしてくださったガイドさん。高校教師で、趣味はトライアスロン。

○浦上天主堂

 まずは、浦上天主堂へ向かい、川底へ転がり落ちた鐘楼ドーム、被爆マリアなどを見学しました。現在は非常に美しい聖堂として存在しています。実は、天主堂は原爆の影響で廃墟と化していました。被爆者や市民は、世紀の惨劇の遺跡として後世に残して欲しいと陳情しましたが、願い適わず撤去・改修されたという経緯があります。

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▲川底に転がり落ちた鐘楼ドーム。               

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▲こんな高さから落ちてきています。

○旧長崎医科大学

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▲被爆時刻午前11時2分の石碑

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 長崎医科大学当時の正門の柱です。後方が浮き上がり傾いてしまった太い石柱が、爆風のすさまじさを伝えます。

○山王神社

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▲境内に2本ある被爆大楠のうちの1本。樹の中に爆風で食い込んだがれきを見ることができます。

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▲一本柱鳥居

 4本建っていたうち一本柱で建ち続けている二の鳥居。原爆後、原形をほぼ保っていた一の鳥居も交通事故で倒壊している。そのため、当時のままの姿で建っているのはこの二の鳥居だけとなりました。

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▲熱風で表面の文字が溶けて、平らになってしまっている。

○原爆投下中心碑

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▲原爆中心地標柱

 標柱の上空500mで原子爆弾が炸裂しました。中心地付近の地表温度は3000℃~4000℃。1km以内でも1800℃の灼熱地獄に変わったそうです。

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▲浦上天主堂遺壁

 廃墟となった天主堂は1958年に撤去されましたが、この遺跡のみ爆心地へと移築されました。

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▲現在の天主堂はこんなにきれいになっています。

○平和公園

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▲平和祈念像。修学旅行などで見かけられた方も多いのでは。作者の北村西望さん曰く、「神の愛と仏の慈悲を象徴したもので、右手が上空を指しているのは原爆の脅威を示し、水平に伸ばした左手は恒久平和を、軽く閉じたまぶたは原爆による犠牲者の冥福を祈る姿である」

 

 3日目は締めくくりとなる閉会総会です。

 

 

 

 

 

 

 

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